2026.6.28 みことばの光


 23日(火)の平和読書会では、戦時下の最も重要な問題について概観がまとめられましたので、お分ちします。日本人キリスト者としてわきまえるべき基礎知識です。(それは国際人としても通用する基礎的教養を得ることにもなるでしょう。)
戦後1967年復活節に日本基督教団は戦責告白しました。地の塩であるべき教会が戦争に同調したこと、勝利のために祈ったこと、預言者としての見張りの使命をないがしろにしたことを、世界とアジアの教会に、また日本の同胞に、ゆるしを請うたことでした。これは戦争末期44年復活節に、『大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰』にて「世界を救済しうるは日本の国体という事実を、信仰によって判断し我らを信頼せよ」と呼びかけたことへの悔い改めでした。
 しかしより重要な告白が1990年日本基督教会によってなされます。韓国・朝鮮の基督教会に対して行った神社参拝強要についての罪の告白と謝罪です。「わたしたちは天皇絶対主義のもと、神ならざるものを神とする体制を容認し、侵略戦争を繰り広げた時に、問題性に気付かず、国の神社参拝強要に反対、抵抗しませんでした。自らの立つべき信仰に立たず、隣国の教会の信仰告白を踏み躙り、神社参拝を強要した罪を、神に懺悔します。その結果、多大の犠牲と殉教を余儀なくされた韓国・朝鮮の教会に心からお詫びします。」日本のキリスト教会は単に戦争協力を行なったのでなく、天皇を神とする偶像礼拝の罪を犯し、またそれをアジアのキリスト教徒に強要することに加担したのです。
 「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」 第一ヨハネ1章9節