2026.1.11 みことばの光

 
先週の祈祷会は『聖書に聴く』。民数記4章を読んで教えられたことを分かち合いました。民数記は出エジプトの民の荒野の旅40年の、失敗、さばき、回復の連続です。読んでいてあまり楽しくない箇所も多いのですが、年の初めに読むにはふさわしいと『みことばの光』誌に励ましの言葉がありました。実際、民数記は旅立ちの書物なのです。 出エジプト記は中心の20章で「十戒」をいただきます。後半は幕屋建設。出エジプト記40章2年目第一の月に幕屋が完成し、そしてカナンに向けて旅立ちの備えのために人数を数える、それが民数記だからです。旅の準備を終えてシナイ山から旅立つのが民数記10章。そこまでに旅立ちに必要な備えが記されているのです。 4章はレビ人のケハテ族、ゲルション族、メラリ族の役割分担でした。レビ人はイスラエルの12部族と区別された、聖職を担う奉仕者です。別扱いさるべきことがあちこちに記されています。特にモーセとアロンを輩出したケハテ族は、4節「最も聖なるものに関わること」で次のとおりである。5節、あかしの箱をアロンとその子らが覆った後に運ぶのはケハテ族のレビ人でした。モーセやアロンと近い血縁にあたる人々でしたが、最も聖なるものとは『あかしの箱』別名『契約の箱』。箱の中には十戒を刻んだ石の板が二枚。そして荒野の旅の幕屋礼拝においては至聖所にモーセが入り、契約の箱の上で語られる主のみことばを聞いたことでした。今日の働きに置き換えるなら、教会の最も重要な働き、日曜の礼拝における聖書の説教の奉仕です。これを絶やさず、牧師は確実に語り、会衆は聴き続けること、と言えるでしょう。18節「ケハテ人諸氏族を絶えさせてはならない」との言葉が胸に迫りました。教職者不足が叫ばれる今日、私たちは御言葉の説教のための奉仕者を『絶えさせてはならない』のです。働き人が起こされ続けるように祈りましょう。