2026.6.21 みことばの光
詩篇はすべて祈りの手本なのですが、141篇はとりわけ祈りについての教えに満ちています。ところがその背景としてはダビデが緊急の助けを求める切迫した状況がありました。切実な助けを求めるからこそ、御前に叶う祈りを丁寧に祈ったダビデの信仰には圧倒されます。それが聴かれる祈りなのだと教えられます。 1節2行目「急いでください」という言葉が緊急時を伝えています。しかし2節、祈りが「御前への香」となるように、「夕べのささげ物」となるように、と儀式の定めにのっとった祈りとなることをダビデは注意深く祈っています。私たちの祈りは、神の御前に香りを伴って立ち上ってゆくものなのです。聖書には悪臭を放つ人の営みが神の嫌悪の情を掻き立てていることも記されています。聴かれる祈りは、賛美であろうと嘆きであろうと、神の御前にはかぐわしい香りとならなくてはなりません。
3節、それは唇に見張りを置いていただくことで助けられることでした。どういう言葉を用いるか、ということです。神は人の想像を遥かに超えた深い理解力を持ったお方ですから、どんな祈りでも真実を聞き分けてくださるでしょう。しかしだからといって私たちが言葉を選ぶことに不注意であってはならないのです。4節は言葉選びだけでなく、心の問題、行動、人間関係までも高潔に保たれるように、との願いです。それらが全て神の御心にかなう祈りの条件を満たすからです。
5節はこの詩篇の最も重要な聖句です。「正しい人が真実の愛をもって私を打ち、?戒めてくれますように。」助けていただきたい試練とは別に、彼は自分に加えられる正しいムチが必要であると認めていました。驚くべき謙虚さがあります。彼は10a節「無事に通り過ぎる」時を確信しつつ夢想して祈りを終えていきます。