2026.3.22 みことばの光
詩篇133篇はダビデによる都上りの歌。彼は先代サウル王の死を弔いつつ、十二部族連合共同体の王として周囲を平定し全イスラエルを40年治めました。ですから兄弟とは核家族の兄弟ではなく、在留異邦人らも含む全ての神の民のことと理解できます。それは今日、信仰によって神の家族とされる教会に等しく、私たちは互いに兄弟姉妹と呼び合います。その幸い、楽しさが称えられていますが、二つのたとえは何を示しているのでしょう。
2節、一つ目は大祭司任職の注ぎ油。詩篇に言及はありませんが、出エジプト記30:23によると、最上の香料によって調香の技法を凝らして作ることが規定されていました。司式の時には、芳香が立ち込め、漂い流れたことでしょう。詩篇は、頭に注がれるべき油が頭に留まらず、ひげに、衣に流れ滴ったことに目を向けます。それは神与の天恵が、一義的目的を超えて広がり及ぶことを示しています。
3節、ヘルモンはこの地域の最高峰。地中海からの湿った空気が衝突し、豊かな露をもたらすことは、日本海側の気候と似ていますが、この地域は基本乾燥地帯。シオンの山に立つ都エルサレムは、水源の確保が町の死活問題でした。そこここに地下水の湧く貴重な泉があり、ヒゼキヤ王の地下水路は古を今日に伝えています。これもまた高所から低所に流れ来る神の恵みの貴さを教えています。
結びの語は、私たちの共に生きることを、主の命令による、と教えています。この詩篇の言わんとするところは、ただ仲の良い者が共にいることではなく、私たちが神の命のままに、共に喜び生きることを務める時に、限りないいのちの祝福を見出していくことを教えているのです。