2026.2.8 みことばの光


先週の祈祷会は民数記15章。一読では意味不明、わたしたちをウンザリさせるささげ物の規定、しかし、記された意味を知るなら、実に適切な、神様の私たちに対する思いやりと配慮です。
先の13,14章はカデシュ・バルネアから約束の地への偵察隊の派遣でした。そこはぶどうの実のたたわに実る乳と蜜の流れる地。しかし敵は手強く私たちは勝つことができない、と十人が事実以上に悪く言いふらし、偽情報に惑わされた民は神の過去の導きすら否定する不信仰に陥りました。
結果、さばきとして荒野を40年さまようことが決定し、疫病に襲われます。また真心からの悔い改め無く、前進しようとした民は、ホルマで大敗を喫するのです。民は全くどうしたら良いのか、わからない状況でした。 そこに突然命じられる約束の地での礼拝規定。それは、荒野で逆らった民は荒野で滅ぶけれども、その子孫たちは『確実に』約束の地に辿り着くのだ、というビジョンの呈示でした。神はご自身の約束が人間の罪によって反故にされないことをはっきりと示したのです。神に反逆していない子どもたちは、約束を信じて立ち上がるべき時でした。規定に登場する様々なささげ物は、彼らがそのように多様でおびただしい収穫にあずかるということを意味する豊かさを示していたのです。持ち帰られたぶどうの実を彼らは見ていましたから、将来、ぶどう酒を醸造することができ、神様にお献げする日が来ることを、神様は約束されたのです。41節「わたしはあなたがたの神、ヤハウェである。」民がすべきは、信じて前進することでした。