2026.3.15 みことばの光


 詩篇132篇は10節の言葉からダビデの子ソロモンの祈りと推測することができます。実際、第二歴代6:41にソロモンによるこの詩篇の引用があります。この詩篇がその後も王の即位式に用いられたとの説もありますが、その証拠は上っていません。
 この詩篇が伝える有益な情報の一つは、ダビデが如何に神殿建設を切望し、その準備に心を砕いたか、ということです。俗に「牧師は一度会堂建設を経験すると命を削る」と言われていますが、エルサレムの神殿建設はイスラエル史上初めての大事業です。私たちは見たいから過去を振り返っているので、史上最も敬愛されたダビデ王として彼を振り返りますが、周囲を平定していたとはいえ、ベニヤミンのサウル家と戦争して勝ち抜いたユダのダビデは、注意深く国を治めなければ、決して立ち行くことはできなかったでしょう。1節に「ダビデの?すべての苦しみを思い出してください」という言葉がありますが、それは神殿建設準備のすべての苦悩と言うべきであります。
 すると一つの事件が思い浮かびます。サムエル記、歴代誌に記された「ウザの割り込み」です。ダビデは契約の箱の「聖」であることを思い知らされ、しばし運び込みをためらったことでした。再び移動を開始した時には、レビ人たちに聖別を命じ、神の御前のきよい振る舞いに細心の注意を払ったことでした。9節のダビデの祈りと16節の主の答えが対を為していることに安堵の胸を撫で下ろすことができます。主は心身ともに清められて聖なる事業を成し遂げようとする者を、正しいと認め、喜びの賛美へ導くと約束されたのでした。またダビデの末に唯一の真の王の戴冠を備えられたのでした。それが我らの主イエス・キリストだったのです。