2026.6.14 みことばの光

 今期国会では総裁選、衆院選のおり多数の誹謗中傷動画が出回ったことについて首相の説明が二転三転し問題になっています。統計によると総裁選関連では1,500 本、衆院選関連では約1万本に上るとのことです。それぞれの選挙結果にも大きな影響を及ぼしたことは否定できません。インターネットの発達によって出現した新しい状況ですが、誹謗中傷が人の社会と人間関係に大きな影響を与たことは昔も変わらない現実でした。人間は罪深く、悪意をもって敵を陥れる人はいつの時代も存在し、一定の影響力を持つものなのです。
詩篇140篇は、王であるダビデが敵の誹謗中傷によって攻撃された時の祈りです。神によって立てられた王は、問題から逃げ出すことはできませんでした。1-8節で、敵がどのように悪を企み、罠を仕掛けてくるのかをつぶさに観察し、その悪を主に訴えています。その攻撃が確かに、よこしまな暴虐であるかどうか、正しい判断をすることは重要なことです。その舌は、誠実な言葉を語っているのか、それともまむしの毒を宿しているのか。8節では敵の高ぶりが訴えられています。「高ぶり」は主の最も嫌われる罪の一つだからです。
9-11節は神の裁きの介入を切望する祈りです。ダビデは国王として国内に正義が行われることへの責任がありましたから、なおのこと、真の王である神の裁きをも信じて祈ったのです。私たちの国でも三権分立、憲法、法律が機能を果たすことが願われますが、9節でダビデが、敵自らの唇の害悪が覆いますように、と祈っている点は適切です。願われているのは応報刑だからです。12節、信仰者はいつまでも苛立ったままでいることはありません。神が苦しむ者を支持し、貧しい者のためにさばきを行われることを確信するからです。主は正しく裁きを行われるお方です。