2024..11.3みことばの光
先週、牧師は原稿提出の締切がありました。福音讃美歌協会のジャーナルのためのグイド・ダレッツォ著『ミクロログス』(音楽鐘小論)についての書評です。2018年に出版された「西洋音楽史上最も重要な古典文献」。グイドは"ドレミの始祖"と呼ばれていますが、実際にはどうなのか。グイド本人の著書と文献の邦訳をまとめた書物。彼は中世イタリアの音楽教師。訳のわからない本なら嫌だなあと思いながら、ページを繰ってみると意外に読みやすい。どころか、現代に通じる問題に、昔の人も取り組んだのだ!そして、素晴らしい成果を挙げたのだ!と心燃やされる経験となりました。
『ミクロログス』の序文だけでもちょっと面白いので掲載します。「私は、当然の仕事として、また善き行いを見倣って、皆に役立つことに取り組もうと考え、様々なものの中でも音楽を少年たちに教えることにした。すると神の御恵みにより、モノコルドをなぞりながら我々の音の表示法によって訓練された少年たちのある者は、ひと月もしないうちに、見たことも聞いたこともない聖歌を初見でとまどうことなく歌ったのである。それは多くの人々にとってまさに驚くべき光景だった。にもかかわらず、そのように歌うことができない者が、どのような顔をして自らを音楽家あるいは歌い手など称せるのか、理解に苦しむ」
当時の教会は修道院制が盛んになり、多くの若者がそこで教育を受け、彼らに聖歌をよく歌わせることは大きな課題になっていました。人々もまた優れた歌唱を身につけることに興味を抱いたので、グイドは成果を上げる一方、妬まれてアレッツォのカテドラルに移動を余儀なくされるほどでした。その中で彼が用いたのが『聖ヨハネの賛歌』。フレーズの始まりがド、レ、ミ、ファ、ソ、ラと、次第に上昇していく歌を覚えることで、楽譜を読めるようにし、またそれぞれの音程の特性を体得する方法を彼は編み出し、修道士たちの歌唱能力は飛躍的に向上したのです。音楽教師の情熱、故天田繋先生のありし日が偲ばれました。『聖ヨハネの賛歌』の歌詞は「しもべらの声、冴え冴えとほめ讃え、御身の奇しきみわざをば 歌わんためぞ、唇の汚れし罪を 浄めたまえ」。バプテスマのヨハネの誕生に際し、不信仰の父ザカリヤの口が利けるようになった聖書の記事を背景とする歌詞です。ザカリヤの口が開かれたのは、彼が御使いの言葉に従い「その子の名はヨハネ」と石板に書いた時のことでした。(ルカ1:59〜64)