2026.4.5 みことばの光
先週の夕拝、そして金曜の受難日、第二回教会音楽の集い、ハインリヒ・シュッツ作曲「十字架上のキリストの七つの言葉」の演奏を、多数の来会者と共に行うことができましたことを心から感謝しています。
四つの福音書の記事を綜合すると主イエスは、十字架上で七つ言葉を語られたわけですが、その二つは人に語られた言葉。別の二つはご自分の独白。一番多い、三つは、父なる神様に向けられた祈り、あるいは叫びでした。
その内の、七つの言葉の中心に位置するのが「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という言葉。死の間際にも、最も語るべき相手は天の父なる神様。しかしその父から見捨てられたものとなった御子のことばに、キリスト教の救いの奥義があります。本来ならば、神に背き、神から捨てられた者となっている私たちが、神のみもとに立ち返るために、神の子としての身分を回復するために、たった一人の神の御子が身代わりに死なれたのです。命を犠牲しに、私たちの代わりに死なれたのです。
それは神の義と愛の出会うところでした。神様は愛の神様、どんな罪でも赦してくださる。その愛がいい加減な愛でないことのしるしが十字架なのです。悪は必ず裁かれなければなりません。凶悪な犯罪に対して私たちが赦せないという心を抱くのは当然のことです。私たちの心の中には、不完全ながらも、良心というものが与えられているからです。
しかし神は、神から離れた者となっている私たちを愛してくださいました。御子を犠牲にしても、私たちに対しては、新しく生きよ、と御子の犠牲による新しいいのちを差し出してくださいました。罰が執行されたので、信じる者は恐れなく生きることができるのです。イエス様の十字架を信じて、まことの平安を得ましょう。