2023.7.2みことばの光
私たちは聖書日課でヘブル人への手紙を読んでいます。2章には、御使いよりもすばらしい救い主イエス・キリストのことが論じられていました。「御使いたちを通して語られたみことばに効力があり、すべての違反と不従順が当然の処罰を受けたのなら、こんなにすばらしい救いをないがしろにした場合、私たちはどうして処罰を逃れることができるでしょう。この救いは、初めに主によって語られ、それを聞いた人たちが確かなものとして私たちに示したものです。」(2-3節)「こんなにすばらしい救い」とは「初めに主によって語られ」た救いのこと。主イエスは何をどのように語られたでしょうか。
ルカの福音書19章にはザアカイを訪問したイエス様の言葉が記録されています。人々からは罪人として蔑まれている取税人ザアカイの家をイエス様が宿泊先として選んだ時、ザアカイは罪を悔い改めることを誓います。するとイエス様は「今日、救いがこの家に来ました。」(ルカ19章9-10節)と宣言しました。どんな罪人も悔い改めて赦され、救われる。これがイエス様の語られた救いであり、これを見ていた弟子たちは、イエス様の救い、神様の愛を世界に宣べ伝える使徒となったのです。
さらにヘブル書2章6-8節は詩篇を引用し、人の子なる救い主の真実を説き明かします。詩篇は神様が「人(御子キリスト)を御使いより、わずかの間低いものと」されたと言いますが、その通りにイエス様は神の御子であられるのに、私たちと同じ、人間の姿をとられ、わずかの間御使いより低いものとされ、すべての不自由を経験されました。9節はイエスの死の苦しみに注目しています。神の御子が人間でなければ、死を経験することはありません。しかしイエス様は人となられた御子なので、死の苦しみを味わわれ、それがイエス様の栄光と誉、冠を受けることにつながりました。イエス様が死の苦しみを味わわれたことは、すべての人のためであったとことも、ヘブル人への手紙は強調しています。
そして14節から18節、人としてのからだを持っているイエス様が、私たちを死の恐怖から解放し、私たちの試みのときに助けることができると言います。
病いの床に苦しむ方々がいらっしゃいます。イエス様は十字架で苦しまれたので、苦しみの中にある方を慰め、力づけることができます。イエス様が、苦しみの中にある方々と共にいてくださり、慰め、力となってくださいますように、祈りましょう。