20.03.01みことばの光
主イエスの弟子たちはある時、主イエスに祈りを教えてくださいと願う。(ルカ11:1)祈りは、人の思いから発するものと考えがちだが、主なる神様の御心にかなう祈りを捧げてこそ、祝福があるということに気づいたからだろう。私たちは祈りをイエス様から学ぶ必要がある。
主はまず「主の祈り」を教えられた。マタイの福音書に記された言葉と共通しているように、主の祈りは先に神について祈ることを教えている。私たちが神を第一としてこそ、すべての祝福をいただくことができるからである。ついで、私たちの肉的な必要、霊的な必要を求めることを教えている。それらはみな主からいただくものだからである。
主イエスは、さらに続けて、求めることの大切さを教えるために、真夜中に友にパンを求めるたとえを話された。善良でない私たちでも、しつこさのゆえに求めるものに応えることがある。熱心に求め続けることが善良でない何かを動かす。とするなら、まして天の父は、正しい方、いつくしみ深いお方であるから、私たちを愛する子供とみなしてくださり、求める者にもっと良いもの、最善のものを与えてくださるに違いない。そのことを信じて求めるべきなのである。
天の父が祈りを通して私たちとの交わりを待ち望んでおられることを覚えよう。そして私たちに最善を与えようとしておられる天の父は、何をくださるのか、心から期待してどんなことでも願いのままに祈るものとさせていただきたい。またその願いを御心にかなうものとさせていただきたい。